天国の孝ちゃんへのメール 千の風になって

2017年09月21日(木) 15時21分
  孝ちゃん。
  僕の考えと同じ考えを持つアメリカ女性の話です。
  YOUは何しに日本へからです。

  僕がいつも言っていることですが人は旅立っても
  愛する人の周りに存在しているのですね。

  でもこの考え方はやはり神道独特の考え方みたいです。

  その女性は両親が女性を産んだのちに二人とも
  重い病にかかって彼女を育てられなくなりました。
  彼女は祖母のところで育てられ幸せに暮らしてきました。

  7年前女性が20歳の時に祖母は旅立って行きました。
  しかしながら彼女は
  祖母はいつも私の近くにいてくれている!と信じ
  友人にもそう話してきました。

  ところが友人たちはその考え方は気持ちが悪いと言って
  彼女を理解しようとしませんでした。

  そんな時に日本人の考え方神道の考え方を知りました。
  生と死を分けない考え方でした。

  そして来日して青木ヶ原の樹海へ。
  そこで何かを感じ取りたかったのです。

  富士山の麓にある神社へも訪れることになりました。
  そして御師の家。

  御師の家とは神社に属した神主さんが
  参拝者を泊めたり案内する施設のことです。

  そこで神主さんから
  彼女の考えを後押しする言葉を頂きました。

  彼女は祖母が近くで見てくれているという感覚で
  とても穏やかな気持ちになって行きました。

  そして大好きな日本の歌
  「千の風になって」を歌っていました。

  僕のブログには寺院関係の方が数名訪れてくれています。
  
  仏教やキリスト教、その他の宗教を否定はしません。
  ただ罰があたるとか祟りがあるとか幽霊の復讐、
  そんな言葉が信じられないのです。

  それよりもいつも旅立った人が近くで見守ってくれる!
  そう思ったほうが心を穏やかにしてくれますよね。

  これからも僕は彼女と一緒で
  君がそして母や父や弟たちがそばにいるんだ!
  そう信じて生きて行きます。

  Anytime I'm thinking of you  
関連記事
スポンサーサイト
2017-09-22(Fri)
 

コメントの投稿

非公開コメント

今日体験したばかりです。 

孝ちゃんのパパ様
こんばんは。

何と偶然でしょう。今日そういう体験をしたばかりです。
家から歩いて5分の床屋に行きました。
床屋に向かって歩いていると隣に一緒に歩いているような気配を感じたのです。
そして6年前との違いを説明しながら歩きました。
ここは空き地だったけど2年前にこの家が建ったとか、
この本屋は3年前にコンビニになったとか。
いるはずがないのですが近況を説明したかったのです。
返事がないのが寂しかったです。

愛新覚羅
2017-09-22 19:14 | aishinkakura | URL   [ 編集 ]

 

すでに亡くなった母ですが、いまだに私の身近に感じます。
私がピンチになったら、必ず助けに来てくれます。
西洋的な宗教観では一笑に付されるでしょうが、私は、母にしっかりと守られています。
母が存命中に、せめて真似事だけでもいいから親孝行をしておくべきであったと、その点が悔やまれてなりません。
2017-09-22 19:51 | 声なき声 | URL   [ 編集 ]

 

私も両親や兄たち、そして亡くなった猫たち、犬、みんなそばや遠くにいるような気がします。思い出すと、会えないさみしさでいっぱいになりますが、思い出があることを幸せに思います。
2017-09-22 23:43 | はづき | URL   [ 編集 ]

aishinkakura さん 

こんばんは。

そうして感じられることが羨ましいです。

僕はけっこう鈍感な性格なので(笑)
後になってから「あ!あれがそうだったんだ!」と
気づいてしまうことばかりです(笑)


2017-09-23 02:48 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

声なき声 さん 

こんばんは。

西洋的宗教観、後から日本に入って来た仏教観。
本来の日本人の感覚には馴染まないのかもしれません。

日本人が遥か昔から感じ取っていた感覚。
一番馴染むのかもしれません。

それが外国の方に日本は素晴らしいと思って頂ける理由かもしれませんね。

この感覚を失わないように進んで行きたいです。
2017-09-23 02:54 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

はづき さん 

こんばんは。

楽しい想い出を残してくれた愛する者たち。
少しでも身近に感じていたいですよね。

旅立った人々の中に
恨みを振りかざしたり幽霊になったりする人がいる!
そんなことは少しでも考えたくないですよね。

それが日本人の感覚かもしれません。
2017-09-23 02:59 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-09-23 13:11 |  |    [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-09-23 20:24 |  |    [ 編集 ]

こんばんは♪ 

私も身体は亡くなっても
ずっとそばで見守ってくれていると
信じています。
祖父母やわんこが見守ってくれているから
心強いです(。ゝ∀・)b
2017-09-23 21:07 | ふたごパンダ | URL   [ 編集 ]

鍵コメ Tさん 

こんばんは。

愛する人、親しき人、
想い出をたくさん残してくれた人がいつまでも周りにいてくれる!

そう考えるととても穏やかになりますよね。
2017-09-24 01:32 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

鍵コメ Rさん 

こんばんは。

ライブドアのブログにコメントしたのは初めてだったので
ちゃんと書き込まれているか心配でしたが
書き込まれていたようで安心しました。

ココちゃんの救出のすべて!
お父さんに拍手でした(笑)

ご両親とココちゃんナナちゃんによろしくお伝えください。
ご両親のブログのコメント欄が開けたら嬉しかったのですが・・・・・・

とりあえずお気に入りに登録させて頂きました。
気が向いたらブログにお邪魔してみます(笑)
2017-09-24 01:46 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

ふたごパンダ さん 

こんばんは。

愛する人たちが周りで見守ってくれていると考えたら
こんなに心強いことはありませんよね。

僕も日常では辛いことも多々ありますが
それを信じて今の生をしっかり勤め上げたいです。
2017-09-24 01:50 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

孝ちゃんのパパ、おはよう

薫子は、キリスト教ですが、祟りに合うとか幽霊の復習等ありませんよ
神道と違うのは、召された人は天国に行く、天国から薫子を見守ってくうれているということと、薫子が天国に行ったら近しい人たちと会えるということです。そして、いつも薫子の側にイエス様がいて守って支えて下さっていると言うことでしょうか?神道とは考えが違うと思いますが、少し似ているなあと思いました
2017-09-24 06:15 | 薫子 | URL   [ 編集 ]

薫子さん 

こんばんは。

孝ちゃんが旅立とうとした時に
僕は何を信じるべきか迷いました。

選択のひとつにキリスト教もありました。

この地区には秀吉の時代に寺院が移された寺町地区があります。
妻の同級生、先輩後輩にもお寺の息子さんや娘さんがたくさんいました。

しかしながら、けっこうチャランポランな人間が多過ぎました。
彼らを見ていると仏教が信じられませんでした(笑)

特にすぐ近くのお寺さんは
まずおカネの事しか頭にない住職さんでした(笑)

本来ならば葬儀をそこにお願いするのが常道だったのですが
それだけは絶対にイヤでした(笑)

孝ちゃんの旅立ちのあと立ち直れなかった時に
神道の八百万の神という考え方を知りました。

これが僕の気持ちにピッタリだったのです。

宗教自体をそんなに信じることはもうありませんが
気持ち的にその考えを尊重して行きます。

キリスト教の考え方には
ある程度の理解をしていると自覚しています。
2017-09-25 01:22 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

いつもそばにいて見守ってくれていると思います。
それじゃなきゃ、次から次に起きるピンチを乗り越えられない〜(笑)
pukkupukuちゃんにも毎日話しかけてます♪
2017-09-26 13:36 | komomo姉 | URL   [ 編集 ]

komomo姉 さん 

こんばんは。

たしかに!
ピンチだらけの7年間でした!

彼女が助けてくれたからここまで来れたのでしょうね。
自分だけでは打開できないことが多過ぎました。
2017-09-26 23:56 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

こんにちは 

友人の弟嫁さんが、40歳で亡くなりました。幼い3人の娘さんを残して。

まだ未婚の友人とお母さんが姪たちの面倒をみていましたが

喪主となった弟さんも友人も、
これから子供たちを育て上げるのに追われて、
哀しみにどっぷりつかる暇もないかもしれないと思うと、

なんともやりきれません

今夜お通夜に行きますが
ずっと家族の側で見守っていてあげてくださいとお祈りしてきます
2017-09-28 15:33 | 海月 | URL   [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-09-28 15:35 |  |    [ 編集 ]

海月 さん 

こんばんは。

40歳は若すぎる!
これからたくさんの想い出を積み上げるはずだったのでしょうね。

きっと、いつまでもそばに居てくれるのは間違いありません。
子供さんたちは何かにつけて
お母さんの存在を感じることでしょうね。

今は深い悲しみに包まれていようとも!
2017-09-29 01:22 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

コメントありがとうございました。
孝ちゃんとの思い出がいつも詰まっているブログ。
きっと一人ではなく、彼女が背中を押していますよ。
そう孝ちゃんはいつもそばにいらっしゃいますね。
これからも二人でブログを書いてくださいね。
フランクフルトの空からでした、、。
2017-10-04 13:06 | takechan0312 | URL   [ 編集 ]

takechan0312 さん 

こんばんは。

記事の更新が中々できません。
でもこうして皆様の記事を巡っていると
色んな記事が妻を思い出させてくれます。

妻の顔がその時にしっかりと目の前に浮かんできます。
その時の楽しい想い出と共に!

ありがとうございました。
2017-10-05 01:46 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

おはようです。

これからも僕は彼女と一緒で
  君がそして母や父や弟たちがそばにいるんだ!
  そう信じて生きて行きます。

そう信じて生きて下さいね。
僕は、生意気な事は言ってられないけれど、旅立った人達が、いつもそばにいると考えるととても、勇気づけられるし、悪い事はできませんね(笑)
2017-10-05 04:11 | おと吉 | URL   [ 編集 ]

おと吉 さん 

こんばんは。

記事では周りにいると信じて・・・・・と書きましたが
やはり尽くす対象が見えないのは苦しいですね(笑)

ただ食べるためだけに生きている状況ですよ(笑)
2017-10-06 00:31 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

孝ちゃんのパパさん、こんばんは! 

いつもありがとうございます!

今日は、雨の中を大川で舟遊びをしました。
府庁もお城も川から眺めていると、ちょっと風流なものでした。
風雅と言うのでしょうかね。
大切な孝子さんとの逸話を、コメントに書いてくださって嬉しく読ませていただきました!

ご縁なんて月並みなものではなく、
魂が、引きあったのかな、と思いました。
いついつまでも、ステキな孝子さんなんですね。

2017-10-06 22:05 | 窓 | URL   [ 編集 ]

こんばんは(^-^*) 

だいぶ御無沙汰してしまいました、
ごめんなさいm(;m;)m

そうですよね・・・
私も、ときどき
父が見てるかなあ?って思うコトがあります。
いつもいつも見ていてくれて
しょうもないことをやってるのも見てるかも・・・
と思うと、ちょっと恥ずかしい気持ちになったり(^^;)
でも・・・見ててくれたら良いなあ・・・・・・
2017-10-07 00:20 | かじぺた | URL   [ 編集 ]

窓 さん 

こんばんは。

同じようにお金のない学生時代を過ごしていたんだな~って思ったら
詳しくコメントしてしまいました。

お金のなかったあの時代は本当に楽しかったです。
友人と楽しく遊んだことまで思い出していました。
こちらこそ本当にありがとうございました。

大川の舟遊び。
僕は橋の上から見るばかりです(笑)

一緒に乗る人がいないので
これからも乗ることはないと思っています。

あ!でも!
20年以上前に天神祭りの神輿を担いで船に乗りました!

あの時の風景と一緒だったのでしょうね!
2017-10-07 02:34 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

かじぺた さん 

こんばんは。

昨日のお昼に思っていたばかりなんですよ!
かじぺたさんのところへ行かなければ!ってね。

何とも不思議に思っています。
気持ちが通じたのかな?
2017-10-07 02:39 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-10-10 20:22 |  |    [ 編集 ]

鍵コメ Eさん 

こんばんは。

辛いお気持ちを聞かせていただいてありがとうございます。

僕も立ち直るまで6年の歳月を要しました。
そして今でも彼女の旅立ちを認めたくない自分がいます。

今でも部屋のほとんどが彼女がいた時のままです。
完全に片づけることが出来ません。

まだ二年であればまだまだ悲しみのほうが大きいでしょうね。
僕もその頃が一番苦しいときでしたから・・・・・・

いつか「彼がすぐそばにいるんだ!」
という感覚を実感できる日がやってきます。

いつの日も、いつの時間も、
彼に想いを届けることを忘れないでください。

きっと彼の存在を感じることが出来るようになると思っています。
時間はかかるけどね(笑)

いろんなことを僕も考え続けていますが
まだまだ答えを手に入れることが出来ません。

まだまだ試行錯誤の人生が続きそうです(笑)

ありがとうございました。
2017-10-11 02:52 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-10-11 06:18 |  |    [ 編集 ]

鍵コメ HMさん 

こんばんは。

リンクについては申し上げたとおりです。
確かに僕もリンクフリーと書いてはありますが
おっしゃるとおりにある程度の信頼関係が出来てからやるべきだと思っています。

僕自身も勝手にリンクし続けています(笑)
でもある程度記事を読んでコメントを書いてから行なうようにしています。

僕の記事はリンクが多過ぎて最近は抑え気味にしています(笑)
ただ僕がリンクした記事からそこへ訪問をしている人がいらっしゃいます。

そんな方からもコメントを頂きました。
「孝ちゃんのパパのリンクから訪問して素敵な人に巡り合いました」

そんな素敵なリンクを心がけましょう。

そちらの記事を読んで心に響くものがあったら
リンクさせてもらうかもしれません(笑)

そんなブログ、みんなが訪問して喜ぶブログ。
僕はそれを心がけています。

いろんな感覚を知るのも僕にとって大事なことです。
だからHMさんのことを全く悪く思っていません。

また伺います。
コメントありがとうございました。
2017-10-11 18:09 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

お久しぶりです 

パパさん、こんにちは。どうもお久しぶりです。

そうなんです。人は亡くなった後も、その魂は、のこしてきた大切な人の近くや、好きな場所に残るものと考えています。

人の表現にケチをつけるつもりはありませんが、私は亡くなった人に対し「旅立つ」という表現は使いません。

ただ、生きている人が旅立てば(本来の「旅行する」という意味で「亡くなる」意味ではありません)、その人について旅立つのかも知れませんが(笑)。

その意味で、私の周囲で「旅立った」人は、何と言っても妻のお祖父さんです。彼女を追って、中国から千葉県まで来ています(爆)。
2017-10-14 15:46 | GATTO | URL   [ 編集 ]

GATTO さん 

こんばんは。

僕も本当は旅立つという表現は使いたくありませんでした。
しかしながら死という言葉を絶対に使いたくなかったので
(実際に一回も使っていません 笑)
この表現を使ってきました。

納得できる表現にたどり着くまで使いたいと思っています。
2017-10-15 02:38 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

なるほど 

パパさん、おはようございます。

なるほど、それは失礼しました。それでは、私の方でも良い、しっくりする言い方がないか、さがしてみましょう。
2017-10-15 09:00 | GATTO | URL   [ 編集 ]

GATTO さん 

こんばんは。

探さなくていいです(笑)
今現在、僕の気持ちにこの言葉がピッタリしているので(笑)

更新も中々出来ないのに訪問してくださってありがとうございます。
愛新覚羅さんの記事にもコメント出来ない状況です。

それは普段の生活状況と心に問題があるみたいです。

進むべき方向とそれを実現できる方法と
両方が見つからない状態です。

現在、いろいろと模索中です(笑)
2017-10-16 00:14 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-10-19 15:12 |  |    [ 編集 ]

鍵コメ Mさん 

こんばんは。

こうした記事を目にすることで自分がどれだけ至らなかったのか自覚できます。
そして妻に感謝することを行なっています。

僕にとって本当に素敵な記事でしたよ!
2017-10-20 18:48 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

執着と愛情は違います。 

アメリカでもヨーロッパでも、

「本当に愛し合っている2人は、
 死によっても引き離されない」

そう考える人が大多数です。

神道だけの専売特許では決してありません。

キリスト教に到っては、

キリスト自身が、

「夫婦は神がひとつのくびきに御つなぎになった者、
 だから2人は父と母を捨てて一つになる。
 もはや2人は一つの者である。
 人間がこれを引き離してはならない」

そう明言しています。

本当に愛し合っている人達は、
死ですら引き離す事ができない。
それがキリスト教の本質です。

ただし、相手の死をあまりにも残された人が悲しむと、
当然ながら、亡くなった側は、

「私が死んだせいで、 
 こんなにも相手を悲しませてしまった」と、

苦しむ事になります。

病人と同じ事です。

病気になった妻や夫、
あるいは母親や父親は、
自分の事以上に、
パートナーや子供達が苦しみ悲しむ事に悩みます。
相手を愛しているから。

亡くなった方も同じ事です。

どの宗教でも、
あまりにも残された方が悲しみに囚われ続けると、
去った方が辛いですよ、
そう教えています。

亡くなった方を安心させてあげたいなら、
残された者が幸せに生きる事が大切ですよ。
それが全世界の宗教の教えです。

仏教では過度の囚われを執着と呼びますが、
お釈迦様御自身も、

「母親が命を捨ててでも我が子を守ろうとする思い、
 それを崇高な気高い思いと呼ぶ」と讃えています。

死者が身近に居るのが気味悪い?
お気の毒に。
酷い言葉ですね。

ただ、恐らくその方達は、
他人として、
「幽霊が恐い」的に思っただけであって、
自分の大切な人なら、
決してそうは思わなかったはずです。

御自身だって、
縁もゆかりもない人の幽霊が、
真夜中に突然出てきたら、
「気味が悪い」と思われるでしょう(笑)

まあ、理解はできますから、
どうか許してあげて下さい(笑)

ただ、死者が永遠に生きていて、
愛する家族と共にある、
あるいは呼びかければ答えてくれる。
それは全世界の宗教が保障している事であり、
神道に限った事ではありません。
2017-11-10 18:49 | motomasaong | URL   [ 編集 ]

motomasaong さん 

こんばんは。

コメントを読ませて頂いて、僕の宗教に対する想い込みに
いささか自分本位な考え方があったことがわかりました。

妻が旅立ったのちに幽霊とか祟りとかを目にするたびに
愛する人がそんなことをするものか!
という思いから記事を書きました。

あのTVを見て気味が悪いと言われたと聞いて
やはりキリスト教国ではそんな考えがないのだと思い込んでいました。

仏教に於いても義母があまりにも自分の考えを示し過ぎるので
反抗はしませんがそんな宗教は必要ない!と思いました。

過去に近くの寺院の住職さんが弟の葬儀の時に
塩を盛ったら頭ごなしに怒られました。

それはここに書かれたことにも関係があったのでしょうね。
でもそういうことが僕たちはわからないので
しっかりと導いて欲しかったです。

そういうこともあり一神教などを否定する自分が出来上がっています。

そして現在の僕は書きましたように
すべての旅立った人は愛する人の周りで見守ってくれていると思っています。

何を信じるかはその人の想いによると思いますが
僕個人は全てのものに魂が宿っているという考え方を信じて行きたいです。

ただ現在はこれほどの教えをしていただいても
仏教の彼岸へ旅立つという考え方はどうしても受け入れられません。

これは義母に対する反抗心が強いからかもしれません(笑)

ありがとうございました。
2017-11-11 01:49 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

プロフィール

孝ちゃんのパパ

Author:孝ちゃんのパパ
僕は鹿児島生まれの男性です。
大阪の大学時代に知り合った妻のたかちゃん(孝子)と子供たちと幸せにくらしていました。たかちゃんの命の灯が消えました。たかちゃんを忘れられず毎日メールを彼女の携帯に送り、今も送り続けています。
たかちゃんは岡村孝子さんと同じ孝子(たかこ)といいます。

リンクはフリーです。
連絡しなくてもいいですよ。

外国から訪れてくれた方へ!
翻訳機能に不備があり、
<たかちゃん>が<たかし>と翻訳されますが
<たかちゃん>は女性です。

僕と妻への応援お願いします

FC2Blog Ranking

フリーエリア
外国語自動翻訳 ここクリックで まず英語に翻訳
『スーモ』オリジナルブログパーツ
不動産・住宅サイトSUUMO(スーモ)
検索フォーム
リンク
このブログをリンクに追加する
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR