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天国の孝ちゃんへのメール 秘境駅への里帰り

2016年08月28日(日) 22時26分   (追記に少し書き加えました)
  さっき「所さんの秘境駅シリーズ」を見ていました。

  函館の先の秘境駅に里帰りで降りる人はいるか?という企画でした。
  そして一人の男性が降り立ちました。

  男性は東京でリハビリの先生をしている人でした。
  
  父母の住む牧場にたった一日だけの里帰りでした。
  その日帰ってきて翌日にはもう東京へ帰るとのことでした。

  その日はすぐに父母の仕事を手伝い
  夜には母が用意してくれた郷土の美味しいものをたくさん食べていました。

  次の日帰る時にはお母さんの顔にはうっすらと涙が・・・・
  
  何故、僕は一日だけでもいいから帰ることができなかったのか?
  僕は君を失った痛手から立ち直れなかったとはいえ
  母は僕以上の寂しさを抱えていたはずなのに・・・・

  この映像はとても辛かったです。
  自分のことしか考えられず母の気持ちを推し量ることも出来なかった
  あの頃の自分を責めてしまいました。

  もう取り返しのつかない自分の所業ですが
  二度と人の気持ちを考えることを忘れないようにします。

  本当に親不孝者でした。

  Anytime I'm thinking of you!

  追記
  コメント欄のマリアージュ家のパパさんへの返信に
  母のことを少し書いてみました。

  時間のある方は読んでみてくださいね。

  
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2016-09-05(Mon)
 

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お察しします 

孝ちゃんのパパ様
こんばんは。

最初に言いますが親不孝ではありません。
本当に親不幸ならそういう反省をする気にもなりません。
孝ちゃんが亡くなって辛かったのですからお母様も
解ってくれていると思います。
顔をみせたいという気持ちがあったのですから許してくれます。
「親孝行したいときには親はなし」
良くいったものです。

愛新覚羅
2016-09-05 19:05 | aishinkakura | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは。
親孝行 ( 特に母親への ) は、会いに行くことだけではないと思います。親にとって一番の孝行は、子供が幸せであることだと思うからです。
今のパパさんの亡きお母さまへのお気持ちは本当に素晴らしいと思います。 私が死んだら・・・息子たちは私のこと思い出すかしら? 元気でいてくれたらそれでいいですね^^
2016-09-05 21:48 | はづき | URL   [ 編集 ]

 

大阪と鹿児島では遠すぎたのですね。
私は一時間もかからない実家でしたが、
阪神大震災の時に、自分の家族や仕事の事で頭がいっぱいで、
当時一人暮らしだった母の事をすっかり忘れていて、
半日くらいしてやっと電話しました。
つながりにくい電話がすぐにつながって、元気そうな母の声が。
でも本当は心細かったはず。
しばらくして実家に行ったとき、
家の外壁に大きな亀裂が出来ていて驚きました。
非常階段も使えなくなっていて、本当に後悔しました。
いまでも胸が痛みます。子供ってそんなものなのですね。
2016-09-05 22:07 | たんぽぽ・ママ | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは
お母様には、孝ちゃんのパパさんの気持ちが届いてます。
親を想う気持ちは、幾つに成っても何年経っても有るものだと思います。
私なんか歳を重ねる毎、過去の事が思い出されて来ます。
親は幾つに成っても、ありがたい暖かな存在です。

優しいぱぱさんだからこそ、感じた想いですよね。

2016-09-05 22:51 | ミオ | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは。

僕はパパさんが言ってる親不孝だとは思っていません。

パパさんはその頃、仕事とかいろんな事が有り、大変だっただけの結果だと思っています。

寧ろ、僕は介護している身では有りますが、散々な母ちゃんに対して心配をかけた。。

だから、これからは、親孝行をするべきだと思ったし

認知症という現実に対して、しっかりと向き合うべきだ

と気持ちが変わりました。

パパさんが親不孝だなんて決して思わないで下さいね。

それは、致し方ない事だと思っていますよ。
2016-09-05 23:05 | おと吉 | URL   [ 編集 ]

 

愛する人や肉親を亡くしたとき
人は絶対に後悔の種をほじくりかえしてでも探してしまいます。
なんででしょうね・・・
きっと、それはどんなに、
もう、これ以上は無いと思えるほど尽くしても
後からわきあがってしまうものだと思います。
それは絶対にです。

でも、おかあさまは
わかってらっしゃると思いますよ(^v^*)親ですから・・・
親にとっては子供が幸せで居てくれること
元気で居てくれることが一番ですから
孝ちゃんさんを亡くされた孝ちゃんのパパさんの心配こそすれ
ご自分のことは考えていなかったと思います。
それよりも、今
孝ちゃんのパパさんが、そう思って心を痛めていることを
すまないなあ・・って思ってらっしゃるかもしれませんよ?

空を見上げてみてください。
きっと、おかあさまは孝ちゃんさんと一緒に
微笑んでらっしゃると思います・・・
2016-09-06 02:21 | かじぺた | URL   [ 編集 ]

aishinkakuraさん 

こんばんは。

今だったら、母がどうしてあんな性格だったのかわかってきました。
それがわからずに母と顔を合わすことが出来なかったのです。

それを理解出来なかったことが悔やまれています。
それもすべてブログのみなさまのおかげで理解出来るようになったと思っています。
2016-09-06 02:48 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

はづきさん 

こんばんは。

今でも母のことは後悔してばかりです。
母は亡くなったあとからでも僕を助けてくれていました。

母がいなくなったことが
僕の存在場所をわからなくしています。

僕がいるべき場所はここ大阪でもないし鹿児島でもないような気がします。
今、すべての感覚が狂っているのもそのせいかもしれません。

いつかいるべき場所が分かる日は来るとは思いますが
現在はちょっと辛いですね。

だからニャンコたちの世話に奔走しているのかも・・・・(笑)
2016-09-06 02:56 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

たんぽぽ・ママさん 

こんばんは。

そうですね、簡単に帰れる場所ではありませんでした。
そして妻がいなくなってすべてが僕にかかってきました。

店を維持するのに精一杯の日々でした。
すべて一人で切り盛りしていたので店を空けることが出来ませんでした。

母の精神的な病状の悪化も
僕から帰省という考えを遠ざけていました。

でも妻や母は空の上から僕を応援してくれているはず!
いつか完全に自分というものを再び見つけられる日は遠くないと思っています。

最近、中々更新が出来ないのもそういう経過でした(笑)
2016-09-06 03:03 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

ミオ さん 

こんばんは。

母にも父にもずっと助けられてきたのに
何にも恩返しが出来ていないのです。

その思いが今の僕の気持ちを完全に上向きにしてくれませんでした。
あの放送を見てどんな状況であれ母に会いに何回でも行くべきでした。

母はきっと許してくれているんだと思うようにします。
そして妻と一緒に応援し続けてくれているんだ!
そう信じています。
2016-09-06 03:12 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

おと吉 さん 

こんばんは。

今年になってから母が何の病気だったのか?わかりました。
精神的な病を数十年抱えていたのでした。

それがわからずに、距離を置いていたのです。
今年になってからある人のブログで
母の行動を分析したらそれが当てはまりました。

もっと早くわかれば対処することも出来たと思いました。

でも今さら遅いことです。
これからは母のためにもしっかり生き抜くことを心がけて行きたいと思います。
2016-09-06 03:18 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

かじぺた さん 

こんばんは。

母はちょっと人と変わったところがあったのです。
少し前に検証出来たのですが
所謂、統合失調症的なところがありました。

それがわからずに、どうしても距離を置きたくなってしまったのです。
妻はたぶん病名は分からずともそのことを理解していたみたいですね。

妻と母のことを話していた頃はそれで負担が軽くなっていたのですが
妻がいなくなって母のことがすべて降りかかってくると
もうお手上げ状態でした(笑)

幸にも叔母がすべてを見てくれたので
本当に助かりました。

そんなことだったので帰省することを躊躇っていたのです。
でも僕が帰っていれば少しでも状態がよくなったかも知れないと思いました。

そういう思いが今回の記事になってしまいました。

妻や母の想いに応えなければいけませんね!
頑張って生き抜いて見せますよ!
2016-09-06 03:31 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

親不孝者にも種類があって… 

わたしのように、親をBlogネタにして遊んでいる人もおりますもんで…。


亡い人を偲んであげることが、供養になるのでしょう?
お母様は、孝ちゃんのパパさんがそうやって思ってあげられることで安らいでおられるのでは…(^ω^)


私が大好きなブログに(もちろん、こちらもですが)、
一休和尚さんがご臨終の際に、弟子の「このあとどこに行かれますか」との問いに

「われ しねど どこにも往かぬここにおる 尋ねはするな ものはいはぬぞ」

と詠まれたと。

不正投稿になるので、漢字をひらがなに置き換えてみました。


この句、心の支えにしておりますの。


お母様は、孝ちゃんのパパさんと一緒に悩んだり喜んだりしておられるのではないですかね。
もちろん、孝ちゃんさんも(^ω^)

あ。うちの夫もわたしの側に…♥ へへ。
2016-09-06 07:11 | さとこ | URL   [ 編集 ]

思いが涙となって。。 

孝ちゃんのパパさん、おはようございます❀
函館の秘境の駅に一晩だけの里帰りされた方の映像。
お母様の目にうっすらと涙が見えて・・・。
私も涙が零れてきてしまいました。

孝ちゃんのパパさん、お母様への想いは切ないですね。

でも、母親って いつも立派なのです!!
我が子を想う気持ちを、口に出さなくて耐える力があるのですものね。
天国にいらっしゃるお母様は、「よく頑張っているね。
身体には気を付けるのですよ。」そう仰って、見守って下さっているような
気がします。
2016-09-06 08:10 | ゆい | URL   [ 編集 ]

 

後悔しても変わるものはありませんよ
薫子も父母にもっと優しくしてあげてれば良かったとか、父とは最期まで親子喧嘩ばかりでしたので、何故もっと優しくしてあげなかったのかと今でも思います
特に、母にはもっと優しくして優しい言葉をかけてあげていればと後悔ばかりですが、もう終わったことなので、前に進まないといけないかなあと思って見たりします
孝ちゃんパパだけでなく皆後悔していると思います。支離滅裂な分でm(__)mね
2016-09-06 15:25 | 薫子 | URL   [ 編集 ]

 

この記事は 私にとっても 少し辛かったです。
皆様の仰っている通りだと思います。
パパさんもわかっているのだと思います。

それでも 後悔してしまいますよね。
私もです。

私は パパさんが お母さまとの距離を置いていた理由を 正直にここに書かれた事に 勇気を感じましたよ。
自分の 恥部や弱点やその他の心の中を さらけ出す事は 中々出来ません。

私は まだそれが出来ずに 正当化して 自分を守っている様に思います。
さらけ出すのは 難しいです。

これによって パパさんが 重荷を 少しずつ下ろして 楽になって行けるのではないかと 思いましたよ。
私も そうならなければならないですね。(^-^)
2016-09-06 17:36 | おこちゃん | URL   [ 編集 ]

さとこさん 

こんばんは。

妻が旅立ってから、母の行動と考えがおかしくなりました。
昔からそういった行動の多い人でしたから、
またわがままがひどくなったぐらいにしか思いませんでした。

いまブログでいろんな記事を読んで
母が精神的な病気であったのかもしれないと考えるようになりました。

それはそうですよね。
母にすれば息子二人(僕の弟二人)をなくしてしまい
孝ちゃんの三ヶ月前に夫をなくし、そして孝ちゃん。

一人残った息子(僕)は帰って来れない!
悲観してしまうのは当たり前ですよね。

今は天国でみんなとのんびりしていて
何かあったら僕のところにすぐに来てくれているのでしょうね。
そう信じていまう。
2016-09-06 18:54 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは

親不孝ではないですよ・・・

はづきさんがおっしゃっているように
子どもが幸せに暮らしていることこそが
親孝行だと思います

私自身、両親を安心させることができない人生
申し訳ないなって思います
会いに行くことよりも
心配かけない子どもの方が
よほど親孝行ですよ・・・

2016-09-06 21:30 | マルチ君の母 | URL   [ 編集 ]

ゆい さん 

こんばんは。

僕は妻と結婚して妻の家の家業を継ぐことになったのです。
その時に僕はこっちの人間になってしまったと思っていたのです。

そして妻のために一生懸命になっていました。
しかしながら母にとってはいつまでも僕は息子だったんでしょうね。

叔母にいつも「正人は食べて行けているのか?」
っていつも聞いていたらしいです(笑)

自分も精神的に苦しいのに
僕のことをいつも気にかけていたそうです。
2016-09-06 23:01 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

薫子さん 

こんばんは。

僕の若い時の願いは早く両親から独立することでした。
母は子離れが出来ない人だったので
母の自立も促したかったのです。

そのために少しでも遠くへ!って思ったのですが
それが結果的にすべてに於いて辛い結果を招いてしまいました。

でもそのために妻と知り合い、みなさんとこうして
ブログを通して語り合えるようになっているわけですけどね。

後悔しても、それをこの先に繋げられるようにしなければいけませんね。
2016-09-06 23:47 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

おこちゃんさん 

こんばんは。

記事やコメントを通じて、今までも少しは心の内を
さらけ出してきました。

でも以前はそのことによって自分を追いつめていましたが
今はそれを次に生かす気持ちが出て来ています。

後悔はし続けるでしょうが
みんなに聞いてもらうことによって
少しずつ自分の心が軽くなって行くのだと思っています。
2016-09-06 23:53 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

マルチ君の母 さん 

こんばんは。

母はいつも僕のことを気にかけてくれていました。
僕が安心して暮らせることが母にとっても嬉しいことだったのは間違いありません。

自分の体調が悪くても常に僕のことを心配してくれていたことには
感謝しています。

精神的に追い詰められていた母でしたが
いつも僕のことが心にあったと叔母からは聞いています。
2016-09-07 04:42 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは。
多摩湖線復旧お祝いコメント、ありがとうございます!
当たり前のものって、なくなって初めてその価値に気が付くみたいです・・・
私、思うんです。今のパパさんのいろんなお気持ちは、きっとあちらの世界の方々に届いているって。そして、パパさんの幸せを願っていらっしゃるだろうって。
2016-09-07 22:32 | はづき | URL   [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016-09-08 16:40 |  |    [ 編集 ]

はづきさん 

こんばんは。

この事故の記事を見た時には地元の路線を思い出しました。
指宿にいるころはよく不通になっていました。

海の横をずっと走っているのですが
反対側は山が迫っているところがありましたからね。

僕の想いはきっと届いているんでしょうね。
それを自分がはっきりと自覚できるには
何かのキッカケが必要なのかもしれません。

その日はいつか来ると信じています。
2016-09-08 22:00 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

鍵コメ Yさん 

こんばんは。

母に子離れを促していた自分こそ
本当は親離れしていなかったのかもしれませんね。

子を思う親の気持ちは
いつどんな時でも変わらないのでしょうね。
2016-09-08 23:56 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

おはようございます。

辛く悲しい別れがあったのですね。
親に対する思いは誰しもが持つ思いのような気がします。

子を持つ親になって初めて知る親の愛・・・
私も同様です。
そして親だからこそわかる親の気持ち。

パパさんのお母様は 今 こうやって 思い出してくれているということをきっと嬉しく思っているはずですよ。

ご挨拶が遅れてしまいました。
初めまして!
ご訪問 有難うございました。(*^^*)

2016-09-10 07:13 | 圭 | URL   [ 編集 ]

所さんの笑ってこらえて!の前に 

どういう事があったのでしょうか?
孝ちゃんとおかあさんのエピソードで
つらい思い出があったのでしょうか?
この記事だけでは僕はパパさんに何か
いって差し上げられません。
がんばれなんて言えませんもん。
孝ちゃんママさんのように
そばにいてあげられないけど
少しでも力になります。

タイトルに書きましたが、
「笑ってこらえて!」で
僕が顔が真っ赤になるコーナーが
あるんです。「待ち人の旅」コーナーなんですが・・・。
恥ずかしくて照れてしまって、
娘がいると「してやったり!」と
激しいツッコミを入れてくるんですよ!
何が起きるのかは想像してください!
2016-09-10 14:02 | マリアージュ家のパパ | URL   [ 編集 ]

圭 さん 

こんばんは。

母はいろんな問題を抱えた人だったので
とても対応に苦しみました。

そのために、しっかりとした親孝行がまったく出来ませんでした。
故郷に帰るのも躊躇っていたのです。

そのために母に会えたのは
旅立つ前の数時間だけでした。

ずっとこのことは僕を苦しめていました。

この記事でコメントを含めて心情を吐露できたのはよかったと思っています。
2016-09-10 23:34 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

マリアージュ家のパパさん 

こんばんは。

母のことではたくさんの後悔があります。

まず、ずっと思っていたことは
子離れが出来なくて自己中心的な性格がとても強かったということです。

ごく最近までは、ただ単にわがままな人だったと思っていたのです。
ところがあるブログの方と親しくなりその記事を読んでいるうちに
母が軽い統合失調症であったのでは?と思うようになっていました。

母の夫(僕の父)が旅立ち、僕の妻がそのあとすぐに旅立ち
母にとっては精神的に益々追い詰められる状況になってしまいました。

幸にも母の妹、僕にとっては姉のような存在ですが
その叔母が父が旅立つ前に指宿にUターンすることになりました。
叔母は父の旅立ちに際してもたくさんのことをやってくれました。

そして母の体調などが悪くなったときにも
病院の手配などすべてをやってくれたのです。

ただ、あまりの我儘さゆえに
ひとつの施設に長く留まることができませんでした。

僕の心にはそれが重く圧し掛かり
母の顔を見に帰るのさえ躊躇っていたのです。

最後の施設でもいろんなことがあり
退所させられる気配さえあったのです。

すると叔母が施設に強硬に掛け合って
施設の職員さんたちの理解を得られるまでになりました。

旅立つ前、半年ぐらいは施設でも模範的になっていたらしいです。
それを聞いてそんなに遠くないうちに帰ろうと思っていたんです。

ところが急に容体が悪くなり
僕が着いた時にはすでに意識のない状態でした。

それから約10時間後静かに息を引き取ったのです。

母の病気が統合失調症であったのであれば
完治はしなかったでしょう。
それでも叔母の献身的な介護のおかげで
母の心は人生に於いて最大の安らかな日々が続いていました。

僕は母のことについては何も出来ていなかったのです。
それは今でもずっと後悔しつづけています。

母が最期の頃には
僕のことをいつも心配してくれていたそうです。

本当に親不孝をしてしまいました。

さて「笑こら」は録画してみるぐらい大好きですが
待ち人コーナーで赤くなる理由がわかりません(笑)

大好きなコーナーのひとつなんですが・・・・・
なぜ赤くなるんですか?
2016-09-11 00:26 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

こんばんは 

お母様は、たぶん、ご病気だったのでしょうね。

でも、今は天国にいらっしゃるので
慈愛の目でパパさんを見ておられると
思いますよ。

どうかご自分を責めないで
お母様の分まで幸せに
なって下さいね。
2016-09-11 03:55 | 坊主おじさん | URL   [ 編集 ]

ヽ(´_`)ノ 

うちはオカンと同居やったので、
正直な所、ある距離感をもって
接してないと、しんどいのを通り
越して、ヤバイな・・(;´Д`)とは
思ってたッス。で、このままウチ
から逝くのか・・と思ってたッス
けど、やっぱ、最晩年は医療施設
でないと、物理的にも精神的にも
無理やったなぁ・・とは思うッス(´_`)ワ

で、もっと正直に言うと、ひろぴー
は、オヤジとは折り合いが良かった
けど、オカンとは全然で(;´Д`) でも、
何故かしら自然と同居はしてて、で、
世間一般と同様に、親の面倒は子が見る
べき・・かな(´_`) って風に暗に
考えてたッスけどぉ、

 正直、そんな甘いモンじゃなかったッス(;´Д`)ネ

なので、お母さんに対するパパさんの
思い・・をうかがってるとぉ、本当に、
立派だなぁ・・って、思うッスヽ(´_`)ノ!
2016-09-11 23:43 | ひろぴー | URL   [ 編集 ]

坊主おじさん さん 

こんばんは。

この病気のことをもっと早く知りたかったと思いました。
もしわかっていたならば、もう少ししっかりした対応も出来たかもって思いました。

でも苦しかったのは僕よりも母のほうだったのでしょうね。
自身では自覚出来ていなかったのでしょうが
もっと早くわかれば父の負担も軽減できたかも?って思ってしまいます。

しかしながら母にずっと助けられていたのは間違いありません。
母のためにも幸せになれる方法を模索します。
2016-09-12 01:05 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

ひろぴーさん 

こんにちは。

僕が指宿にいる時代に今のように
鬱とか統合失調症とか精神科の病気のことが区分されていたら
それを素直に受け入れて指宿に残っていたと思います。

当時は母の行動がどうしても受け入れられず
とりあえず遠くに行くことだけを考えていました。
絶対に帰れないところへ・・・・・・

だから国立の鹿児島大学に合格はしていましたが
先生が関西大学が学校のレベルとしては上だ!と言ってくれたので
それを理由に大阪へ出てきたのです。

それからはすべてが順調で
妻もいずれは指宿の両親の面倒も見られるかも知れないね!って言っていたのです。

やはり一番痛かったのは、その妻がこんなにも早く旅立ったことでした。
不況もあり指宿へ行くのさえ出来ない状況が続きました。

尚且つ母の症状が進んで施設でもわがまま?が出ていました。

病気だとはまったく思わずにわがままがひどくなったとしか思わなかったのです。
尚更、帰郷の足が鈍ってしまいました。

だから僕は立派なのではなくて
母という存在から逃げていたのです。
都合のいいときだけ頼ってね。

だからいつまでも後悔していました。

しかしながらたぶん、統合失調症だったのかも?と思うようになって
いま心の重みが少しずつ無くなりつつはありますけどね。

それでもある程度の後悔は続くのでしょうね。
2016-09-12 16:12 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは。本当に久々のコメントです。今日読んでいた小説にすごく近しいシーンがあったので。

若手で国政に関与する程の才能あふれるスピーチライターの「言葉の師匠」は、今、特別養護老人ホームの「リスニングバランティア」をしています。師匠は若くして心理学の教授になり忙しくて、母親に介護が必要になったあとも施設に預けたままなかなか会いに行かず、会いに行ってもすぐに帰っていた。母親も娘を気遣って、見舞いに来ても「忙しいだろうから早く帰りなさい」といった。でもある日突然逝去された。遺品の中に古ぼけた娘(師匠)の学生手帳の中の1ページに遺言があった。

『生まれ変わってもあなたのお母さんになりたい。今度はいっぱいお話をしましょうね』

孝ちゃんのパパさんのお母様は、話せなかったことよりも、孝ちゃんのパパさんのお母さんだったことの方が、何よりの幸せだったのではないでしょうか?僕にはそんな風に感じます。長くなってゴメンナサイ。
2016-09-12 22:30 | ふうと | URL   [ 編集 ]

言葉で言い表せませんが・・・ 

うまく言葉で言い表せなくて何と申し上げたらいいかわかりません。
パパさんのお母様のことが僕の祖母のこととどこか共通する点があり、
胸が痛いです。おつらかったでしょう。ただ、叔母様がいろいろと
施設と掛け合ってくださったことなど、救われた所があったのかなとも
考えさせられました。

僕の祖母は、母の再婚のことできょうだい・祖母から盛大に反対されて
家を出なければいけなくなりました。それも全て祖母の面倒を誰がみるか
(簡単に言うと祖母の遺産相続のことでもめて)きょうだい中たらい回しに
されました。大好きなゲートボールも畑仕事も取り上げられて認知症がひどくなり
祖母は老人ホームで亡くなったそうです。僕はお別れをする事ができず、
なくなってすぐに荼毘に臥されてしまいました。遺産問題なんか関係なく
親をみるのは子供の役目と思っていたのに、遺産ほしさで同居して
面倒をみたいのかと言われたときはショックだったみたいでした。
「たらい回しなんかしたからおばあちゃんは認知症になってしまったんだ」って
叔母たちの前でかっとなりましたが、これだけが心残りです。

所さんの「待ち人の旅」で流れる歌、
これがヒントですよ…。
娘が小さなとき、ママさんと同じ名前のお姉さんとそのパートナーさんを
なぜ好きになったのか質問されてしどろもどろになってしまったんです。
それがそこで終わればよかったのですが、寄りによって
ネットラジオで読まれてしまい、お姉さんに興味をもたれてしまったんです。
カロリーメイトのCMの時も顔が真っ赤になりながら
つらかった時のことをいろいろ思い出してしまい、
大泣きしてしまいましたが・・・^^;
よけいなことを書いてしまいました。
2016-09-12 23:54 | マリアージュ家のパパ | URL   [ 編集 ]

ふうとさん 

こんばんは。

僕の母も、僕が帰るとすぐに「忙しいんだろうから、もう帰れ」
と言っていました。

せっかく帰って来たのに何でや!って思っていたのですが
ひょっとしたら親の気遣いだったのかもしれません。

顔さえ見られれば、それで満足だったのでしょうね。

良いことを聞きました、ありがとう!
2016-09-13 20:13 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

 

こんばんは
私の母も、施設に入居いています。
自分も障害が有るので、月に2.3度しか足を運べていませんから、孝ちゃんのパパさんの気持ちも伝わってきます。
職員の方達も、凄く良い方ばかりなので、救われています。


最初の頃施設に馴染めなかった、お母様の気持ちも
病気もあっての事だとも思いますが、四季を感じる事の少ない中で時間で動く生活に馴染めないのも、リハビリで短所入居した事が有るから解る気もします。

母が施設に入る前、私の障害も進んで来た頃と重なって、
優しくできない自分がいました。
辛くあたってしまったり…
人の心って、ゆとりが無くなると、刺々しさが顔をだしたりする経験もしました。

私がいま思うことは
孝ちゃんのパパさんの、今の優しい気持ちが、お母様にも届き喜び孝ちゃんのパパさんを想ってくれて居ると思います。

反省したり、想いをいだいたりする行為が大切で、其れができる孝ちゃんのパパさんは、素敵な方だと思います。

歳の近い素敵な叔母様が、身近にいらして幸せですね。

2016-09-14 01:41 | ミオ | URL   [ 編集 ]

 

皆様のコメント、ジーンときました。

この思いや後悔で 得たものは
次のどなたかに お返ししましょうよ。。

猫? ちゃうちゃう!
チャウチャウは 犬。。笑
これは 冗談だけど。

真面目に 答えると。。
孝ちゃんの お母様へです。

エー!(゜ロ゜)って 思ったと思う。
大変でしょうから。。
あとは 知らなーい!(^^)
2016-09-15 11:31 | おこちゃん | URL   [ 編集 ]

マリアージュ家のパパさん 

こんばんは。

後悔はだいぶ薄らいでいます。
やはり間違いなく病気だったんだという結論に達しました。

医者の診断にもそのようなことは書かれていなかったので
医者が判断できなかったことにクヨクヨするのはもうやめよう!と思っています。

母もそう思っていることでしょう。
2016-09-15 23:45 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

ミオ さん 

こんばんは。

年月を経てくると何もかもが思い通りには進みませんよね。
全ての歯車が少しずつ噛み合わなくなっていることに苛立ちを覚えていました。

それが母の事で自分を責めていました。

でも母にとっては大嫌いな食事の準備の心配をしなくてもすむのが
一番うれしかったみたいでした(笑)

母への後悔の気持ちをこうして大きく書いたのですから
もう一度天国から助けてもらいましょうか(笑)
2016-09-15 23:55 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

おこちゃんさん 

こんばんは。

さすが、おこ姫!
僕と義母の関係をよく察知しましたね!

そんなに書いたことはないのにわかるなんて
不思議だ~(笑)

努力します(笑)
2016-09-15 23:58 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

こんにちは。 

パパさんのお気持ちが、今あらためて伝わってくるようです。
みなさんのコメントも読ませていただきました。
おもうことは同じなのだなぁって……。
親を亡くしてからの後悔、私もありますよ。
もっともっとしてあげたかったことがたくさん(:_;)

函館の先の秘境駅。
どちらでしょうか?
函館はよく行くところ。
訪れてみたくなりました。
2016-09-17 11:42 | 冷凍SANMA | URL   [ 編集 ]

冷凍SANMA さん 

こんばんは。

みなさんも同じような経験をされてこられたみたいですね。
応援でだいぶ気持ちが楽になりましたよ。

函館の先の駅は確か姫川駅だったと思います。
所さんの秘境駅シリーズで検索すると出てくると思いますよ。
2016-09-18 03:06 | 孝ちゃんのパパ | URL   [ 編集 ]

プロフィール

孝ちゃんのパパ

Author:孝ちゃんのパパ
僕は鹿児島生まれの男性です。
大阪の大学時代に知り合った妻のたかちゃん(孝子)と子供たちと幸せにくらしていました。たかちゃんの命の灯が消えました。たかちゃんを忘れられず毎日メールを彼女の携帯に送り、今も送り続けています。
たかちゃんは岡村孝子さんと同じ孝子(たかこ)といいます。

リンクはフリーです。
連絡しなくてもいいですよ。

外国から訪れてくれた方へ!
翻訳機能に不備があり、
<たかちゃん>が<たかし>と翻訳されますが
<たかちゃん>は女性です。

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